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弟橘/
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別サイトから引っ張ってきた文です。
サンプルに。
後編はまたそのうちいつか。

弟橘【前編】




 叶うことなどないとわかっていた。
 会わなければよかったとさえ、思う。

 わかっていた。
 それでも止められないほどに
 無為の日々に与えられた光は。




「まぶしい」
 ぽつりと呟かれた声に、慌てる気配が三人分。音もなく曹司の隅に散っていく。
 御簾がおろされ、、真新しい畳に影が落ちた。
 仕事を終えた女房達は、声を発した主人には一瞥もくれず、もと居た几帳の影に滑り込む。
 曹司の中央に座した少女が、諦めたように嘆息した。
 女房たちが少女に声をかけてくることはない。命令すれば、たとえそれがただの呟きであっても忠実に従う。
 理由は、わかりきっていた。
 "媛"
 一族の中で唯一、この少女だけに与えられた称号。
 妹たちも父親も、彼女を産んだ母でさえ恭しくその言葉を口にする。
 そして、決して少女の瞳を見ようとはしない。
 "橘の媛"
 そう呼んで、膝を折り頭を垂れる。
 何も知らない者がその光景を目にしても、ただ尊んでいるようにしか見えないのだろう。
 しかし、少女は知っていた。
 ―――――彼らは恐れているのだ。
 澄んだ漆黒の双眸を。
 その奥に映る自らの姿を。

   

 遥か昔、海神の怒りを鎮めるためその身を投じた姫がいた。
 名を、"弟橘媛"という。
 故に言うのだ、一族の危機を救うために生まれてくる娘を、"橘の媛"と。
 戦のおりに、病の流行するときに、多くの媛がその命を捧げてきた。
 そう教えてくれた優しい乳母はもういない。
 暇を出したと、父親は言っていた。
 お逃げください。
 涙を流しながら幼い媛を諭した乳母が、既にこの世にいないことを知ったのは数日後のことだった。
 少女がたどたどしい手つきで、初めて作った紙の人形。
 あげるね、と。
 そう言って手渡すと、乳母はとても嬉しそうに微笑んだのだ。
 一生の宝物に致しますわ。
 今でも鮮やかによみがえる、暖かく柔らかい声音。
 真っ白な紙で折ったはずの人形は少女の視界の中、橘木の下で紅く染まっていた。




 真実を知った"橘の媛"は、曹司から出ることを許されなくなった。
 もしかしたら、少女が出ようとしなかっただけなのかもしれない。
 新しくやって来た女房たちは父母と同じで、決して彼女と打ち解けようとはしなかった。
 必要最低限のことすら口にしてはくれないので、最初はずいぶんと苦労したものだった。
 しかしそんなことはもう、どうでもよかった。
 日がな一日を曹司の中に座り、橘の責務を果たす日のことばかり考えていた。
 その日がきたら、もう一度優しい乳母に会えるかもしれない。
 一族の―――父親の所業を謝ったら赦してもらえるだろうか。
 死ぬために、生きていた。
 どれだけの時を刻んだのか、数えることもしなかった。
 そのまま、死を迎えるのならば良かったのに。
 光は唐突に少女の前に降り立った。




「兄さま?」
 渡殿をを歩く足音を耳にして少女の顔に生気が戻った。
 そのまま腰を浮かせかけて、はたと止まる。
 聞き間違うはずのない兄の足音。
 それなのに、何かが違う。
 少女は訝しげに首を傾ける。しっとりとした涅色の髪がさやさやとこぼれ落ちた。
 彼女の正面、下げられた御簾の向こうに見なれた形の影がさす。
 人影はそこで足をとめ、恭しく膝を折った。
「媛。お目通り願いたく存じます」
 常と変わらぬ低い声。水面の如く静かで、それでいて情熱を秘めている。その中に、何か堅いものが含まれていた。
 少女は眉を寄せ、手にした扇をあいた掌に打ちつけた。かしん、と乾いた音が響く。それを合図に、几帳の影に控える女房達が曹司の外へと去っていった。
 闇色の双眸を軽く伏せ、気配が完全に消えたことを確かめると、御簾の向こうの兄に視線を戻す。
「兄さま?」
 不安げな少女の声に、人影が立ち上がった。
 御簾をくぐって現れたのは鎧を纏った青年。少女が小さく息を呑む。
 浅黒い肌に精悍な顔立ち。
 茶味がかった鋭利な瞳が、少女の姿を認めて和んだ。
 青年は、遠慮のかけらもない様子で曹司の主の許へ歩み寄る。
 対する少女の、漆黒の眼は驚愕に見開かれたまま。
 小さな唇が、やっとのことで言葉を紡ぐ。
「戦・・・ですの? 」
 刺と涙を同時に含んだような声。
 少女の固い声音に、青年は一瞬きょとんとした表情になった。が、すぐに思い当たったようで、自らの鎧姿を眺めおろす。
 その整った顔に一瞬浮かんだ自嘲の笑みは、すぐに消え去った。
 彼は困ったように人差し指の先で頬を掻く。紫紺色の手甲が、大して明るくない曹司の中で光を吸って、暗く煌いた。
「戦か・・・・・・まぁ、そう思っていてくれて構わないよ。間違いじゃないから
 そう言って、屈託なく笑う。
 飄々とした兄の態度を目の当たりにして、少女の双眸が剣呑に細められた。
 人が心配しているというのに、何という言い草なのだろう。
 青年は、ねめつけてくる視線など全く意に介さず言葉を続けた。
「最後の戦だ」
 色の薄い瞳を細め、いとおしむように妹姫を見つめる。
 彼は少女の実の兄ではない。男児に恵まれなかった両親が、三年前に遠戚のもとから引き取ったのだ。今はただの養子だが、妹達が成人する頃にはこの家の婿となるのだろう。そして、いずれは一族をすべる長に。
 橘の媛は乙女でなければならない。だから、少女が兄のもとに嫁ぐことはありえない。それはとても淋しいことだったけれど、彼が妹を迎えるのを見なくてすむことがせめてもの救いだった。
 
 妹達は今年、ようやく八歳と六歳になったばかりだ。彼女達に裳着が訪れる時まで、この命は世に留まることを許されない。留まっていたいとも、思わないが。
 それなのに、訪れるべき死はいつまでたっても少女の傍に来ようとはしない。




 普通、橘の媛の寿命は短い。
 死ぬためにうまれてくる命を、永らえさせないのは天の配慮なのかもしれない。
 本当なら、もの心つくまえに絶たれていたはずの命だったのだ。
 何故、と思う。
 恨むことはとうにやめた。
 憎むべき相手が、誰なのかわからなかったから。

 


「最後の・・・戦? 」
 少女が訝しげに兄の言葉を反復する。このところ、不穏な動きなどなかったはずだが。
「ああ」
 武者姿の青年が薄く笑う。
 その返答に、少女の瞳に浮かんだ不安の色がますます色濃くなる。
「敵は? 」
 来るべきときが来たのだ。十五年前に捧げられるはずだった命が、必要とされるときだ。
 死ぬ覚悟ならとうにできている。
 別れるのは辛くて、一族のために死んでやるのはしゃくだけど。
 それで、兄の命もまた救われるというなら、ためらう必要など一体どこにあろうか。
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