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弟橘/
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そのニ。


弟橘【後編】



 少女はしかし、気づかない。兄の精悍な顔に一瞬落ちた悲愴な影があったことを。
 しかし妹媛の問いなどまるでなかったかのように、青年は曹司の中央に座した少女のもとへ歩き始めた。
 纏う鎧が堅く乾いた音をたてる。伏せられたまつげが、色味の薄い瞳に農色の影を彩っていた。
「兄さま?」
 言いさした妹の言葉を遮るように、青年は膝を折る。不意に、目の前の少女の細い肩を抱きすくめた。
 腕の中で、少女が短く息を呑む。
 それでも、逃れようとする気配はない。
 かすかにこわばる肩を抱き、ほのかな桜に色づいた小さな耳に唇を寄せた。
「……媛」
 そっと囁く。腕に抱いた少女の体から力が抜けて、漆黒の鎧の胸にくずおれた。
出会ったころ、彼の妹は"媛"と呼ばれるのを厭うた。
それでは何と呼べばよいのだと、冗談交じりに問いかけた其の刹那、彼の額に向かって物凄い勢いで扇が飛んできた。
 妹媛に名はない。
 あるのは、"橘媛"という称号だけ。
 たった三年前のことなのに、もう遥か昔のことに思える。
 人形のような姫だと、聞いていたのは一体何だったのだろうか。
 ひりひりと痛む額を押さえながら首を傾げる青年を尻目に、扇を投げつけた少女は白い肌を紅潮させて、頬を膨らませたままそっぽを向いてしまった。



 初めて見たとき、優しい瞳だと、そう思った。
 ずっと昔に失った、乳母だけが彼女に向けてくれたまなざし。
 だからそんな彼までもが、"媛"という言葉を口端に上らせるのがたまらなく悲しかった。
 気がついたのは数日後。
 ただ冷たいだけだった称号が、兄の唇をとおして聞くだけで、何故かまろく暖かいのだ。



「敵は…」
 言いかけて口をつぐむ。少女の細い肩がぴくりと揺れた。
 この位置から妹姫の表情をうかがうことは叶わない。
 敵の名を口にしたら、この小さな妹は、どんな顔をするのだろう。
 驚くのか、それとも兄たる自分の愚行を諌めるのか。
 薄く笑って、再び口を開く。
「敵は……木下三千」



 熱いはずの吐息が、背筋にうすら寒い。
 告げられた家名は、少女と兄が属する一族のもの。
 血族と二親に刃を向けて、何をしようというのだ。
 それとも何かの聞き間違えなのか。
 そうであってほしいと願いつつも、兄の顔を見ようと、手甲をはめた腕を振りほどく。
 兄の顔に視線を釘づけたまま、畳のうえを後ずさった。
「……兄様、今なんと?」
 上ずる声を、懸命に抑える。
「木下三千」
 兄の表情も声色も、真剣そのもの。
「ご冗談でしょう?」
 そう言いながらも、兄の言霊に嘘がないことは、少女自身が一番よくわかっていた。
 懸命に笑おうとするが、それも叶わない。
 彼の―――兄の真摯な双眸からは逃れられない。
「我が目的は一族の守り姫」
 そう言って兄は、片膝をついて頭をたれる。
 それは臣下の礼。
「どうか、共においでいただきたく―――」
 視界が歪む。
 銀の雫が、闇色の瞳からとめどなく溢れた。橘の証たる純白の装束に、銀の花片が散る。
 少女はゆっくりと首を振った。
 逃げれば必ず追っ手がかかる。
 振り切れるとは到底思えなかった。
 橘媛の出奔を助けたとなれば、いくら時期当主とて命はないだろう。
 それに、彼は知らない。
 曹司には幾重もの呪が施されていることを。
「屋敷を逃れる術などございません」
 兄の腕に白い指を添える。
 それでも、見上げた兄の瞳が揺らぐことはない。
 止めなければと思うのに。
 失うとわかっているのに。
 言葉が喉にはりついて、どうしても口に出すことができない。
 涙を流しながら、ただ緩慢に首を横に振るだけ。
「来い……お前を、死なせたくない」
 つよい声。
 抗うことはできない。
 ようやく、声が戻る。
「何故……私は…橘の媛は……兄様のために捨てる命ならば……すこしも惜しくなどございませんのに」
 それで満足だったのに。
 それでも、一度与えられた希望を手放すことはできそうにもないのだ。
 知らないままなら良かったのに。
「一つだけ、お誓いください」
 少女の唇が、ゆっくりと言霊を紡ぐ。
「決して、私を残してゆかれませぬよう……」
「あぁ」
 寸分の迷いもなく返される言葉が嬉しい。
 たとえそれが、叶わぬことだと分かっていても。
 


「若君様……ご乱心!」
 であえ、であえ、と。
 回廊に響き渡る兵の声と斬戟を跳ね除け、兄は屋敷の垣を飛び越えた。
 妹媛を腕に抱き、全身から噴出す血飛沫で夕焼け空を染めながら。





ならばせめて、そなたを媛の責から解き放とうぞ






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